仕事漬けのGW・沖縄について
またしばらくblogの更新をしていませんでしたが、またいつもの通り仕事が異様に忙しくなり、更新する気力も体力も時間も無かったためです。今回の忙しさはいつもとは違い、出張続きのためです。国内を飛び回りました。そのうちのひとつが沖縄でした。回りがGWの行楽客ばかりなのに、スーツを着て飛び回ることのなんと空しいことか。海に入るどころか海を見ることもなかった。本土に帰ってから「沖縄に行ったわりに日焼けしてないですね」などと後輩に指摘されると、さらに虚無感が増すばかりである。こどもの日の今日も仕事という子不幸な私である。
沖縄を訪れるのは、初めてだった。南国、リゾート、泡盛、基地と僕が持っていた沖縄のイメージはごく一般的なものだった。着いてすぐに感じたのは、雰囲気が本土と違うこと。昔フランスに行くとき、トランジットで寄った香港を思わせるような生暖かな熱気。外国人が多かったり、中国語が飛び交っていたり、日本人が話す日本語でさえ、外国語に聞こえるような独特のアクセント。「沖縄って、外国なんだ」というのが当初の正直な感想だった。
仕事をしていて驚いたのが、沖縄の人はアロハやかりゆしを着て仕事をしていること。自分みたいにスーツ姿はかえって浮いていた。後で会社の同僚に聞いたら、スーツを着ていると警戒されることもあるという。アロハやかりゆしはビジネスウエアで、沖縄の人は逆に休日はアロハを着ないそうだ。教えてもらったアロハショップでも「ビジネス用ですか、私用ですか」と店員にまず尋ねられた。着てみるととても過ごし易い。昨年、クールビズを国が推奨したときに、小泉首相がかりゆしを着てアピールしていたが、クールビズという流行ではない、風土に根ざした本物の文化が「かりゆし」なんだと気づく。
仕事ばかりで遊ぶ時間はほとんど無かったが、食事は極力、沖縄のものを食べようと思い、毎日よく食べ、よく飲んだ。入梅前とはいえ湿度も気温も、不快指数もすごく高かった。その分、さっぱりした飲み口のオリオンビールは最高。泡盛もロック、水割り、うっちん茶割りを楽しんだ。ゴーヤはもちろん、グルクン、てびち、ミミガー、ラフテー、ソーキそば、ふーちばじゅうしー、山羊などなど、食事もなんにでも挑戦した。どれもすごく気に入った。毎日飲み歩き、単純に楽しかった。
最後の夜、先輩が「慰労をしてやる」と連れ出してくれた。行った先はコザ。広い通りの両側に横文字の看板が並び、街の風景そのものが映画に出てくるアメリカだった。バーに入ると、外国人が英語でカラオケを歌っている。隣に座っていたおばちゃんは、見た目は日本人だが、英語の方が得意。日本語の歌も歌っていたから、日本語は読めるようだが、しゃべると語彙は少ない。店員もみんな英語ができ、日本語しかできない僕らは少数派だ。さらに北へ向かい、金武町へ。完全に異国、というよりもアメリカだった。タクシーの運転手も、海外で片言の日本語をしゃべるあやしげな運転手といえば雰囲気が分かるだろうか(運転手さん自身はすごく真面目なひと。あくまで雰囲気)。バーの店内は、メニューも料金表も全て英語、ドル表記。この店につく頃にはすでにべろべろだったが、こんな雰囲気を体験できたのはほんとうに貴重だった。僕が行った日は(真夜中だったので)人通りも少なかったが、payday(米軍の給料日)の活気は一晩中続くという。沖縄の人たちの多くがなくなることを望んでいる米軍基地が、この何十年もの間に、沖縄の生活や経済と深く結びついていることをまざまざと見せ付けられた思いがした。基地問題とは別に、沖縄には独特の雑多な文化も醸成され、そんな雰囲気が嫌いじゃない僕がいる。
うちなんちゅは、やまとんちゅもアメリカも受け入れ、日本という枠組みの中で一種独特の文化を作り出していた。沖縄を単なるリゾートとしか捉えていなかったが、沖縄の深さ、広さ、複雑さをもっと体験したい、今は思っている。異動先で沖縄はいつも人気。単純にリゾートだから人気なのだと思っていたけれど、それだけじゃないんだと分かっただけでも、有意義な出張だった。
沖縄を訪れるのは、初めてだった。南国、リゾート、泡盛、基地と僕が持っていた沖縄のイメージはごく一般的なものだった。着いてすぐに感じたのは、雰囲気が本土と違うこと。昔フランスに行くとき、トランジットで寄った香港を思わせるような生暖かな熱気。外国人が多かったり、中国語が飛び交っていたり、日本人が話す日本語でさえ、外国語に聞こえるような独特のアクセント。「沖縄って、外国なんだ」というのが当初の正直な感想だった。
仕事をしていて驚いたのが、沖縄の人はアロハやかりゆしを着て仕事をしていること。自分みたいにスーツ姿はかえって浮いていた。後で会社の同僚に聞いたら、スーツを着ていると警戒されることもあるという。アロハやかりゆしはビジネスウエアで、沖縄の人は逆に休日はアロハを着ないそうだ。教えてもらったアロハショップでも「ビジネス用ですか、私用ですか」と店員にまず尋ねられた。着てみるととても過ごし易い。昨年、クールビズを国が推奨したときに、小泉首相がかりゆしを着てアピールしていたが、クールビズという流行ではない、風土に根ざした本物の文化が「かりゆし」なんだと気づく。
仕事ばかりで遊ぶ時間はほとんど無かったが、食事は極力、沖縄のものを食べようと思い、毎日よく食べ、よく飲んだ。入梅前とはいえ湿度も気温も、不快指数もすごく高かった。その分、さっぱりした飲み口のオリオンビールは最高。泡盛もロック、水割り、うっちん茶割りを楽しんだ。ゴーヤはもちろん、グルクン、てびち、ミミガー、ラフテー、ソーキそば、ふーちばじゅうしー、山羊などなど、食事もなんにでも挑戦した。どれもすごく気に入った。毎日飲み歩き、単純に楽しかった。
最後の夜、先輩が「慰労をしてやる」と連れ出してくれた。行った先はコザ。広い通りの両側に横文字の看板が並び、街の風景そのものが映画に出てくるアメリカだった。バーに入ると、外国人が英語でカラオケを歌っている。隣に座っていたおばちゃんは、見た目は日本人だが、英語の方が得意。日本語の歌も歌っていたから、日本語は読めるようだが、しゃべると語彙は少ない。店員もみんな英語ができ、日本語しかできない僕らは少数派だ。さらに北へ向かい、金武町へ。完全に異国、というよりもアメリカだった。タクシーの運転手も、海外で片言の日本語をしゃべるあやしげな運転手といえば雰囲気が分かるだろうか(運転手さん自身はすごく真面目なひと。あくまで雰囲気)。バーの店内は、メニューも料金表も全て英語、ドル表記。この店につく頃にはすでにべろべろだったが、こんな雰囲気を体験できたのはほんとうに貴重だった。僕が行った日は(真夜中だったので)人通りも少なかったが、payday(米軍の給料日)の活気は一晩中続くという。沖縄の人たちの多くがなくなることを望んでいる米軍基地が、この何十年もの間に、沖縄の生活や経済と深く結びついていることをまざまざと見せ付けられた思いがした。基地問題とは別に、沖縄には独特の雑多な文化も醸成され、そんな雰囲気が嫌いじゃない僕がいる。
うちなんちゅは、やまとんちゅもアメリカも受け入れ、日本という枠組みの中で一種独特の文化を作り出していた。沖縄を単なるリゾートとしか捉えていなかったが、沖縄の深さ、広さ、複雑さをもっと体験したい、今は思っている。異動先で沖縄はいつも人気。単純にリゾートだから人気なのだと思っていたけれど、それだけじゃないんだと分かっただけでも、有意義な出張だった。
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